エッセイ

メーヴェを作りたかった話

ふと、小学生時代のことを思い出した。

図工の時間。
テーマは 「家にあるゴミや要らないもので何かを作ろう」というもの。

私はナウシカのメーヴェをペットボトルで作るアイディアを一瞬で思いついたが、
家にはペットボトルが1本しかなかった。

実寸大メーヴェを作りたい想いが強すぎた私は、

図工の授業当日、
ペットボトル1本だけ持っていって,先生に「余ってるペットボトルが無いか」と聞いた。

家にないなら誰かからもらおうと思った。でも適当にあしらわれた。

結局その日は何も作れず、 友達が楽しそうに作るところを見学していた。

図工2日目。

この日もペットボトルは集められず、どうやってメーヴェを作るか必死に考えてた。

3回の図工の授業中に作らないといけない。

再度先生に「ペットボトルでメーヴェを作りたい」と理想を語ったら、
「そんなもん作れるわけねーべや!」と思いっきりキレられた。

この時、自分の中で創作に対する意欲が崩れ落ちてしまった。 

自分の理想のものを作りたいという想いが強すぎるから図工や美術の授業ではいつも期限に間に合わなくて、
最後仕上げるために適当にやっちゃうからぐちゃぐちゃになって、本当に自分の作品が嫌いだった。

同じような人間を作り出す教育じゃなくて、
個性が育つ教育ができる国になってほしい。

「締め切りを守る」という素養を身につけるためには必要なことだったと思うけど、それをちゃんと言葉で説明するだけで良かったのに。
中学の美術の先生はその点、とても良かった。
細かい部分にこだわりすぎる自分を認めて受け入れてくれつつも、
全体をみて仕上げることの大切さを教えてくれた。

ピアノでも細かい部分を気にしすぎて譜読みが進まない人間だった

細かい部分に気づきすぎるので全体を適当に弾く、ということができないタイプだった。

確かに、普通のピアニストより尋常じゃなく時間がかかるが今ではこれで良かったと思っている。

自分には自分にしかできない音楽があるという確信がある。

それは、「良いな」と思った演奏から徹底的に学びながらも、
自分が楽譜から読み取った音楽的な情報に対して「こうやって表現したい!」という欲望に従ってきたからだと思う。
自分の音楽を作るためにはもちろん知識も必要だが、
とにかく色々な曲や演奏を聴きまくることが必須だ。
良いものは、良いものを知ることで生まれる。