とあるアニメ映画のようなタイトルになってしまいましたが、
先日、Twitterでとても面白い投稿たちが流れたので
ご紹介&私の意見と体験談を話します。
https://twitter.com/kojiego/status/1137097932962902016
楽器の状態や演奏する会場の大きさなどとの関係からやむを得ない場合もあるけれど、
アンサンブル上の音量バランスを保つためという理由だけでピアノの蓋を閉める、
蓋が全開だからだめなんだっていう考え方は違う気が…。
そして「伴奏だから半開で。」なんて、
もはや何の理由にもならない。— 白河 俊平(Pf) (@ss317wv) June 8, 2019
青柳先生のツイートから拡がったピアニストたちの意見。
もっと沢山面白いツイートはあったのですが、みなさん同じ意見でした。
上手いソリスト(ピアニストと共演する人)は全開でも大丈夫で音量をもっと出して欲しいと思っているし、上手いピアニストは蓋を全開にしても耳でコントロールできる。
今日はこのことについて深掘りしていきます。
ピアニストを目指している方、今ピアニストとして活動している方はもちろんですが、
自分の音に自分自身が感動できない人や、ピアノを弾いていて楽しさを感じない人にはぜひ読んでいただきたい内容です。
楽しめるヒントになるかもしれません。
ピアノの蓋、全開にするか、半開にするか
ピアニストも共演者も、
とても重要なポイントとしては耳で音を聴いてコントロールすることです。
これができれば、ピアノの蓋を全開にしても全く問題ありません。
逆に、半開にしたり完全に蓋を閉めるとバランスの取り方が少し難しくなります。
耳をちゃんと使って弾いている人は空間に響いた音を聴いて判断するため、
全開にすることで自分の響きがより聴きやすくなり、共演者の響きに合わせて表現することができます。
指で弾いてしまっている人は混乱はしないと思いますが、音楽的な響きを作ったり空間と時間を聴衆と共有することは難しくなります。
当たり前ですが、
人前で弾くということは、演奏を聴いている人がいるということです。
演奏している人間が耳を使って空間と時間を感じることで初めて、聴衆と音楽を共有することができるのです。
演奏者が耳を使うことをせずに、聴衆に「聴いて欲しい」と思うのはおかしいと個人的には思っています。
(念のため言っておきますが、これは聴力が健康なプロの音楽家の場合です。)
なぜ、半開にしてほしいと言われるか
これは、ピアニスト側の問題も共演者側の問題もどちらもありうると思います。
まず、上に書いた通り、
ピアニストが耳を使って響きをコントロールできない場合は半開にして欲しいと言われます。
また、共演者が耳を充分に使えない場合も半開にして欲しいと言われます。
何故なら、彼らは音楽を音量でしか表現できないからです。
音量が先に感じられる演奏ではなく、
音色を先に感じて表現できるようになると、ピアノの蓋を全開にしても心地よく、バランスよく響かせることができます。
音の大きさではなく、音色の濃さ
私は一連のツイートに関連してこういう投稿をしました。
https://twitter.com/Shimon_Sano/status/1137624832240103424
「ピアノの蓋・全開半開」が話題になってますが、
この話はその先があって、
全開にした上で共演者が「もっと音量を出していい」と求めてきた場合、
私の体験上、【音量】ではなく【バスの音色】を濃くすることで解決します。
私の場合、バスの色や存在感が薄い時に「もっと出して」と言われる。
バスの音色や音の存在感だけを濃くすると、
音量を大きくした訳ではないのに、
共演者の方は「それがいい!」と言ってくれます。
なので、
共演者の人は音量を求めているというより【音色による存在感の濃さ】を求めているんだと思う。
なぜ「バスの」と言ったかというと、
バスの音色の濃さを変えるだけでその上にある音は自然と音楽的な説得力が増すからです。
建物の土台となるバスがしっかりと音色としての存在感を持つと、
その結果自然と音量は変わるし、
その上に建つハーモニーを支えられる土台となる。
これはあくまでも私の体験の話ですが、
「もっと出してください」と言われた場合、
音量で表現するのではなく、
もっと高次元の「音色」で表現することで解決します。
特に、
バスの音色の濃さ=【バス1音だけでそのハーモニーの色や存在感が表現できているか】
が重要です。
バスの色の存在感を濃くするだけで、不思議と全てがうまくいきます。
これは音量を変える訳ではないのです。
「存在感を増やすこと」=「音量を大きくすること」は同じではありません。
音色を濃くして存在感を増すことで、自然と音量は変わります。
音色がしっかりと存在して、その結果音量が変わるというのが正しい順序です。
音量を大きくするだけではうるさいだけになってしまいます。
この順序を間違えてしまうとクラシック音楽としては足りない表現になります。
フルートの金 昌国先生のレッスンにて
私の体験談。
私が芸大にいた時、
金先生のフルートのレッスンにピアニストとしてついていきました。
レッスン室に行くとピアノの蓋が閉められていたので、私が全開にしようとすると
金先生は「あ!ピアノうるさいから半開でいい!」と仰ったので
モヤモヤしつつも半開で弾きました。
その時に演奏したのはライネッケのウンディーネだったか、
とにかくフルートとピアノの室内楽としては有名な曲を弾いたのですが、
全て弾き終わったあと、
金先生「君いいねぇ!名前は?!先生は誰に習ってるの?君なら蓋全開でいい!音色で表現できるから!」
とめちゃくちゃご機嫌に。
金先生曰く、
レッスンに来るピアニストたちの音がうるさいので今まではピアノの蓋を開けさせなかったそうです。
芸大のピアノ科でも、音色で表現できる人が少ないんですよね。
この経験からも、音量ではなく耳を使って音色で表現できるピアニストは全開でも大丈夫ということがわかります。
半開にしないと怖い人へ
怖くなるのは、耳を使えていないことと、弾く前に頭で自分の理想の音をイメージしていないことが原因です。
(耳を使える人でも練習不足だと怖くなると思います。)
コツとしては、
バスの1音だけを弾いて一瞬でその上のハーモニーが頭の中で鳴るか(耳に聞こえてくるか)、練習してみてください。
これができたら室内楽奏者として共演者たちに重宝されます。
ピアノのソリストとしても確実にレベルアップします!
ぜひ、個人練習の時にバス1音で音色を出す練習をしてみてください。
弦楽四重奏を聴くとその大切さがわかると思います。
チェロが奏でるバスの色と存在感がどれだけ大切か。
その上にある内声のヴィオラも大事だし、第一ヴァイオリンも第二ヴァイオリンも大切な役割を担っていますが、全てを支えるチェロの音色と存在感は全てを左右します。
試しに、
I度の第二展開形→Ⅴ7(属7)→Iという終止形において、
バスだけで音楽になっているか弾いてみてください。
それだけでかなり良い練習になります。