エッセイ

音楽をわかっていない職業評論家たちへ

皆さんは批評家についてどう思いますか?

批評家と、彼らの言うことを信じる大衆の関係って、
テレビやネットの情報を鵜呑みにしてしまう情報弱者の関係と全く同じだと思うのです。

批評家は事実を歪める。なぜなら音楽をわかっていないから。
そして、大衆はそれを信じる。
自分で聴いてもいないのに。

 

何故、上から目線で批評できるのか。


さて、以前の記事で、

自分とは専門分野の違うある方の名前を出して「もっとこうした方が良い」と悪い点を指摘した時に、

自分ができないことをやってる人は尊敬している。
だけど、自分と交友関係のない人だったら名前を出して悪い点を指摘できてしまうのだなぁ」と思った。
 
普通は、
コンサートなどで同じ舞台に立って頑張ってる演奏家の名前を出して、
その人の悪いところなんてブログやSNSには書けない。

その人の悪いイメージに繋がる可能性のあることなんて公には書けない。

仲の良い演奏家なら個人的に伝えるだけで終わること。

本当にその人のことを思っているなら、直接伝えるだけで済むこと。

アルゲリッチとかシューマンくらいになれば批評できるんだろうけど。


例えば、
ある小説家の名前を出して「ここのこういう表現が稚拙だ。」

なんてことを言ってしまうのも、それはきっと私がその作家と交友関係がない上に、
その世界を知らないただのド素人に過ぎないからだ。

ただの感想、ただの好み。

井の中の蛙が鳴いてるだけ。
批評を読む人は、個人の感想であることを認識しないといけない。

「先生」と呼ばれる人たち

 

確かに「音楽批評家・評論家」と言われ、“先生”と呼ばれてる人間の中にも音楽をわかっている人は存在するし、

演奏家に沢山の良い影響を与えている人もいる。

素晴らしい研究を残してくださっている方もいる。
その点は尊敬できる。

しかし、
その人たちもほとんどの場合、演奏家としてはド素人なわけです。

言葉を扱うプロではあるから素晴らしい文章は書ける。

だけど、

それは一個人の感想に過ぎない。

どんなにその人間の発言に影響力があったとしても、

それは “一人の人間が思ったこと” でしかない。




そもそも人が言ったことを鵜呑みにするのは危険だ。

自分で実際に確かめたこと以外は、基本的に聞き流さないといけない。

参考にしたとしても、それを信じ込んではいけない。



真に音楽的な耳を持ってる演奏家仲間たちの感想と、
評論家の感想は全く逆だってことなんて多々ある。



しかも、

評論家、批評家を職業にしてお金をもらっている人の中には、
とんでもないデタラメを書いてしまう人もいる。

「あなた、その演奏を聴いてないはずなのにどうやって批評書いたんですか。会場に居なかったよね? 」

「ネットでストリーミング配信聴いただけで感想書いたの?」

とツッコミたくなることもある。

これも、私が一部の評論家たちを毛嫌いする理由の一つだ。
批評を外部委託して、自分の名前だけ使って金もらうなよ。

敬意はどこにいった


次は、演奏家への敬意が無い評論家の話。


職業としてお金をもらって演奏の評論を書いていながら、


自分が演奏家よりも上の立場だと勘違いしてるような態度をとる評論家たち。


本当に大っ嫌いだ。


自分でチケットを買ってコンサートを聴いてくださって、
個人として感想を書いている方々は凄く貴重で、
感想を読んで色々な価値観を知ることができて嬉しい。

だけど、お金が絡むだけでなんでこんなおかしなことになるんだろ。

その人が、他の分野でどんなに尊敬されることをやってきたとしても、そんなことは関係ない。


演奏家がいて、そこから出てきた評論家。

評論家が演奏家より上なことがあろうか。


作曲家があっての演奏家。

演奏家が作曲家より上のわけがなかろう。

作曲家は演奏家の遥かに上。絶対的存在。


それと同じだ。

評論家は演奏家の遥か下。

演奏家がいないと評論家は存在し得ないわけだから。


ただ、
職業評論家も元は一人の聴衆だし、

音楽という偉大なものから見たら、演奏家と聴衆に上も下もなくきっとみんな平等だ。
役割が違うだけで。


「職業に貴賎なし」と言うように
評論家の方々も生きるために仕事をしてるし、きっと周りから必要とされてるんだろう。

だけど、上から目線の態度をとるのはやめてほしい。

演奏家への敬意はどこへ行った。

名だたる批評家とは?



次は、音楽や作曲家への敬意が無くなってる評論家の話。

よくテレビやチラシで、演奏家の宣伝文句として

「名だたる批評家を唸らせた」

なんてフレーズがあるけど、

「名だたる批評家」よ。

あなたがたが唸ったところで何の価値もない。

是非とも「名だたる音楽家になってから唸ってください。


良いものを悪いと言い、悪いものを良いと言う一部の職業評論家たち、
音楽わかったフリしてるマス・メディア関係の人たち、

お前らの勉強不足と悪い耳で音楽を歪めてんじゃねぇよ。


良いものを悪いと言うのは、
その人の耳の悪さもあるだろうけど、多少なりとも聴衆としての素直な感想だろうからまだ理解できる。

しかし、悪いものを良いと言う評論家は本当にイチから勉強し直してほしい。
脚色を超えて嘘を書いてしまったら、

それは音楽とは全く違うところに魂を売ってしまっているか、
致命的に耳が悪いかどちらかだ。


彼らの文章を読む方々へ。

彼らの言葉は「◯◯さんの個人的な感想」としての価値はあっても、それ以上にはなりえないので、
それを信じ込まないでください。


自分の耳で確かめてください。

 

まとめ

あの方々の文章を読む限り

「浅はかで都合の良い言葉ばかり並べてるな」と思うことが多い。

批評家の中には、面白く尊敬できる人もいるだけに残念。

演奏を言葉で大衆に伝える使命があると思うのなら、
音楽を歪めないように、もっと音楽的な耳を育ててください。


批評家が存在する価値が無いとは言わない。
ただ、音楽というものを文章で表現されたとき、
それを受け取る側は「これはこの人個人の感想である」という当たり前のことを、
それ以上でもそれ以下でもなく認識する必要がある。


さて…

今日、品もなく放ったこの言葉たちはきっと自分に返ってくるだろうけど、
それをわかってて書いてしまう自分はなんて愚かなのか…。

他人のこと言ってる場合じゃないのだ、自分のことやらないと。笑

少しでも音楽的な耳を持つ人が増えますように…!!