エッセイ

【番外編】チャイコフスキー国際コンクールで改めて学んだこと

今日、こんなツイートをしました。

https://twitter.com/Shimon_Sano/status/1144907490980585472

【番外編】
今回チャイコフスキー国際コンクールで改めて学んだことが2つある。

✔︎感想を述べる時には、
ある程度は細やかな言葉遣いが必要

✔︎断定を用いた文章はエネルギーがあるので、良くも悪くも伝わりやすい

『断定』は個人的には使って良いと思うけど使い方には気をつけようと思った。

昨日の記事ともかぶっている部分がありますが、今日はもう少し掘り下げて話します。

“断定”を使うためには優れたバランス感覚が必要だと思う

先日、こういうツイートが流れてきたのですが、

ここのコメント欄もなかなか面白い人たちが真っ当な意見をコメントしてる人がいたので是非読んでみてほしい。

確かに、ツイートに関することは理解できるし正しいと思うけど、
140字という文章の中では伝わりきらなかったことがあると思う。

✔︎ そもそも断定だろうと曖昧だろうと、選ぶのは相手
✔︎ あえて断定をすることで伝わりやすくなるメリットを捨てるかどうかはバランス感覚が必要

この2点です。

ツイートした人も「断定はダメ」とは言ってなくて、
「注意する」とか「なんでも鵜呑みにしないこと」という言い方をしているので、とても理解のある人だと思った。

曖昧にならざるを得なくても断定的な言い方をしないと伝わらない時というのが多々あるので、断定を使うのは時と場合によるし、
どんな言い方や文章の書き方をしても選ぶのは相手なのだ。

伝えられた人は、それは正しい情報なのか取捨選択する能力が必要な時代

伝えられた人間は、できる限り自分で調べたり試したりして伝えられた情報が正しいのか自分で考えないといけない。

自分で考えることがほぼ不可能なくらい専門性が高い場合は、複数のセカンドオピニオンを得ることが必要だと思います。

セカンドオピニオンが必要な例

言うまでもないけど、
病院での検査などは一人のお医者さんだと間違ってる場合が多々あって、間違った手術をされてしまう例がいまだにあるのでセカンドオピニオンとして他のお医者さんにかかるのは必須。

あとは、ピアノのレッスンなど他人に教えてもらうことも、
一人の先生に固執してしまうと間違った情報や考え方のままそれが定着してしまうことになるので、

単発レッスンなどで他の先生にレッスンを受けるのは必要だと思う。

【まとめ】セカンド・オピニオンとしてのレッスンを受け付けているピアノの先生この記事に、セカンドオピニオンとしてのレッスンをやっている先生の情報を載せます。 ・都道府県 ・先生の名前か、ピアノ教室の名...

 

断定を使う場合と使わない場合を比較

例えば、

「彼の演奏は真に音楽的で素晴らしい!」

「彼の演奏は真に音楽的で素晴らしいと思いました!」

2つの文章で、それぞれどういう印象を受けますか?

1つ目は断定です。
受け取る人によっては
「なんだこいつ、自分が音楽をわかったような口の利き方しやがって」と思うかもしれない。
2つ目は、
「あなたはそう思ったんですね」と思えますよね。

断定の方が良くも悪くもエネルギーが強い

1つ目の文章のように断定の方がメッセージが強いので聞いている人にも伝わりやすいのです。

共感してくれる人にとってはとても良い反響を生むのが断定。

しかし、エネルギーがある分、反対の意見の人にとっては不快な文章となります。

2つ目は反対意見の人に不快感を与えづらい分、エネルギーも少ないので共感者からの反響も少なくなります。

どちらを選ぶかは時と場合による

このバランス感覚はその人の価値観にもよるし、どう言う人に対して使うかにも関わってくるのですが、
不特定多数のネットで発言するときは結構細やかな感覚が必要だな、と個人的には思っています。